福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)96号 判決 1963年11月27日
久留米信用金庫
理由
一 被控訴人の請求原因事実は控訴人らの認めるところである。
二 ところで控訴人らは、本件停止条件付代物弁済契約締結当時、控訴人古賀久寿夫は、同契約の目的たる本件宅地の外に、建物一棟を有しただけで他に財産なく、しかも多大の負債があり、右建物も債権者のために抵当権を設定してその登記を経ており、金融を得る途も杜絶し、窮迫の状態にあつたところ、被控訴人はこれに乗じ金二三〇万円以上の価値ある本件宅地を、僅か金六三万円余の債務の代物弁済として取得すべく、停止条件付代物弁済契約を約諾させたものであるから、同契約は公序良俗に反し無効であると主張する。
(一) 不動産を目的とする停止条件付代物弁済契約において、債権者が債務者の軽率、無経験または急迫な困窮に乗じて、著しく債務額を超過する債務者所有の不動産について、同契約を締結させた場合は、同契約は公序良俗に反して無効であり、また債権者が債務者の急迫な困窮状態にあるのを知悉しながら、著しく債務額を超過する債務者所有の不動産について、同契約を約諾させた場合は、特段の事情のないかぎり、右停止条件付代物弁済契約は、公序良俗に反し無効と解すべきである。
(二) よつて、この見地に立つて判断するに(証拠)を合わせ考えると、控訴人古賀久寿夫は電気器具の販売を業とする商人であつて、債権者訴外久留米信用金庫、債務者訴外三谷三郎間の継続的金融取引契約につき、同控訴人が連帯保証人兼物上保証人となり、昭和三五年一一月一八日同控訴人所有の本件宅地上に、債権元本極度額金三〇万円、遅延損害金日歩五銭の債務を担保するため第一順位の根抵当権を設定し、即日その登記を経、同年一二月二三日同控訴人と被控訴人間の継続的商品(電気器具類)取引契約上の債務を担保するため、本件宅地につき債権元本極度額金五〇万円、遅延損害金日歩五銭の第二順位の根抵当権を設定し、即日その登記を経て、同控訴人は被控訴人から電気器具類の販売供給を受けていたところ、本件停止条件付代物弁済契約が締結された当時、同控訴人の見るべき資産としては、本件宅地と、福岡県三井郡大刀洗町大字下高橋字日明前五二番地の一所在の木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二九坪五合、外二階八坪の建物(この建物に対する固定資産税の昭和三八年度の基準年度価格は、金一三二、三一八円である。)と多少の手持商品(電気器具類)があつた位であつて、前示第一順位の根抵当権者である久留米信用金庫が、本件宅地を競売に付する気配があり、競売されるようなことになれば競売価額は通常極めて低価であるため、被控訴人は後順位抵当権者でもあるので不利益を被むるおそれがあつたので、(以上の認定に反する当審控訴本人古賀久寿夫の供述は信用しない。)たまたま同控訴人の希望もあつて、同信用金庫に対し負担する同控訴人らの債務は、被控訴人において、元金利息計金三五五、九五四円、遅延損害金四、三〇一円合計金三六〇、二五五円を代位弁済した結果、代位について同信用金庫の承諾も得て、被控訴人は右弁済額の限度において第一順位の根抵当権者たる前示信用金庫に代位し、かつ、これとともに、被控訴人固有の前記第二順位の根抵当権によつて担保される取引上の売掛代金債権及びこれに対する日歩五銭の割合による損害金債権を有していたので、結局同控訴人は被控訴人に対し、以上説示の各債務を負担していたのは勿論、その外、同控訴人は他にも相当の負債があつて、他から経営資金の融資の受けるにも相当困難な経営状態にあつたことが認められる。しかし、被控訴人が同控訴人の右のごとき経済状態を知悉しながら、もしくは右の困難な経済状態に乗じて、本件停止条件付代物弁済契約を約諾させたという点については、これに照応し、あるいは照応するかのように見える当審証人後藤新の証言及び前示古賀久寿夫の供述は容易く信用することができず、他にこれを確認すべきなんらの証拠がないばかりでなく、冒頭一記載の当事者間に争いのない事実及び右の認定によつて推認されるように、被控訴人は本件宅地の根抵当権者として、いつでも同宅地を競売に付することができたのに、控訴人古賀久寿夫のため、競売申立の手続を採ることなく、かえつて期限を昭和三六年八月二〇日まで延期猶予して、契約締結の日から約三ケ月後の昭和三六年八月二〇日までに、債務の弁済されることを期待し、当事者間に同日までに債務が弁済されないことを停止条件とする本件代物弁済契約が締結されるにいたつたという事情経緯及び同控訴人が営利を目的とする商人であつて、本件停止条件付代物弁済契約はその営利事業経営の附随的結果として締結されたものであることを考慮に入れて判断すれば、当審鑑定人永松力三の鑑定の結果に徴し、本件宅地の停止条件付代物弁済契約成立当時の価格は、金一七〇七、〇〇〇円であることが明らかであるけれども(この認定と異なる当審証人後藤新、田中嘉助、柳政記、入江利行の本件宅地の価格に関する証言は採用しない。)、金六三二、一一一円及びこれに対する昭和三六年五月二五日以降同年八月二〇日までの八八日間、日歩五銭の割合による金員(この金額は概算金二七、九八八円余で元本と合わせて計金六六万余円である)を、同年八月二〇日までに、同控訴人が被控訴人に支払わないことを停止条件として、被控訴人において本件宅地を右元利金債務の代物弁済として取得する契約が、同控訴人の自由意思によつて同控訴人と被控訴人との間に任意に成立した以上(この契約が同控訴人の自由意思によらないかのような証拠は採用しない。)、この停止条件付代物弁済契約をもつて、控訴人らが主張するように、公序良俗に反する無効な契約と解することはできない。
(三) もつとも、前記甲第二号証によると、控訴人寺崎高樹が後記(四)記載の抵当権設定の登記を終えた後で、被控訴人が本件宅地について、昭和三六年八月二〇日に本件代物弁済が効力を生じたことを原因として、同年八月二一日福岡法務局久留米支局受付第九、八六八号をもつて本件の仮登記に基づく本登記でない、通常の所有権移転登記を経ていることが認められるけれども、仮登記を経た仮登記権利者が、仮登記に基づくその所有権移転の本登記をなし得べき権利を有する場合において、仮登記に基づかない所有権移転の登記を経たからといつて、仮登記に基づく本登記請求権を放棄するとか、その他の理由によつてこの権利を喪失しないかぎり、仮登記に基づく本登記の請求権を有することは説明するまでもないので、被控訴人が控訴人古賀久寿夫に対し仮登記に基づく本登記を請求することを妨げないことは、言をまたない。ことに本件においては、甲第二号証によつて明らかなように、右の所有権移転登記は、控訴人寺崎高樹の経了した抵当権設定の登記に、順位において劣後するので、被控訴人はその所有権取得登記をもつて、同控訴人の抵当権を否定することができず、かえつて、被控訴人は同控訴人の有する抵当権の負担を伴う本件宅地の所有権を取得したことになるのであるから、前示所有権移転登記を被控訴人が経たという一事は、被控訴人の仮登記に基づく本登記の請求を妨げるものと解すべきではない。また、これを控訴人寺崎高樹の立場に立つて考えて見ても、同控訴人が後記(四)の抵当権取得の登記を経るに当つては、いまだ被控訴人のための所有権移転の登記は存在せず、被控訴人を権利者とする停止条件付所有権移転の仮登記が現存していたのであるから、将来停止条件の成就によつて被控訴人が仮登記に基づく所有権移転の本登記を経由するにいたれば、同控訴人の抵当権は、当然被控訴人の所有権に対抗し得ないことに帰するものであることの明白である法律関係にあつたことの疑いのない本件において、以上いずれの観点よりするも前示所有権移転登記の存する一事は、被控訴人が控訴人古賀久寿夫に対し、昭和三六年八月二〇日の経過とともに、前記仮登記に基づく本登記を請求するについて、なんらの妨げとなるものではない。
(四) 前示一の当事者間に争いのない事実及び甲第二号証によれば、被控訴人が本件宅地について停止条件付所有権移転の仮登記を経た後、控訴人寺崎高樹は債権者として、同宅地につき債務者控訴人古賀久寿夫との間の昭和三六年八月一八日付の抵当権設定契約を原因として即日前示久留米支局受付第九、七九四号をもつて債権額金三八万円の抵当権設定登記を経ている抵当権者であること、したがつて、控訴人寺崎高樹は同宅地の登記上の利害関係人であり、登記順位において被控訴人が経由した仮登記に劣後するものであることが明らかであるから、同控訴人は、被控訴人が前示仮登記に基づいて本登記手続をなすことを承諾する義務がある。よつて、控訴人古賀久寿夫に対し、仮登記に基づく本登記手続の履行を求め、控訴人寺崎高樹に対し、右の本登記をなすについて承諾を求める被控訴人の請求を認容すべく、同旨の原判決は相当。